歴史ほっとブレ〜ク

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歴史人物年齢学

あなたと同じ歳の時、
歴史上の人物は何をしていたか?
年齢で見る歴史人物ショートストーリー。

楠本いね 四十三歳

恩師大村益次郎の看病にあたる。

明治二年(1869年)、いねは、長崎の名医ボードインとともに、大阪にいた。その時、ひとつの大事件が起こる。いねのオランダ語の恩師である村田蔵六こと大村益次郎が、京都木屋町で刺客に襲われるのである。
「蔵六様が!仕事が仕事だけに、お気をつけなさいと申しあげておいたのに!」
益次郎は、政府の高官であった。廃刀令や徴兵制などを強行し、士族から狙われていたのである。いねは、とるものもとりあえず、京都に急行した。益次郎の傷は数ヵ所あったが、中でも膝頭の傷がひどく、化膿していた。京都では十分な手当てができないことを悟ったいねは、彼を大阪のボードインの病院へ運ぶ。そこで彼は、右足を切断するという大手術を受けるのである。

しかし、いねの心を込めた看病の甲斐もなく、益次郎は、ついに帰らぬ人となった。
「いねさん、すみません。わたしのようなものにこんなによくしてもらって」
看病の間、益次郎は、そう言っただけであった。彼は、どんな時でも感情を出さない人間なのである。その時いね四十三歳、益次郎四十六歳。二人の間に恋愛感情があったかどうかは定かでない。

楠本いね(1827~1903)

オランダ軍医として来日したシーボルトとお滝の間の娘。いねが生まれてすぐにシーボルト事件で追放されたため、父を知らずに育つ。日本最初の女医。

鳥

 

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